みらブログ

デフレで疲れた方の身体と心を癒すべくヒーリング(内部表現書き換え)を行ってます。身体・無意識開発をメインに活動中。苫米地・高岡理論をなんとか使ってます。

自己責任論の起源は?〜「火垂るの墓」の清太は自己責任?安倍総理のいう「責任」とは?

こんにちは。ヒーラー兼ウーバー配達員の永野です。

誰しもが自己責任論が蔓延している社会を現在進行形で感じています。Twitterで以下のような声をよく目にします。

・「でも飲食店を選んで立ち上げたのは貴方ですよね?」

・「夜風俗嬢で確定申告してなかった、そのせいで給付金もらえないなら、自分のせいじゃんw」

いつからこんなことになったのでしょう?「自分のやったことに責任を持つ」ことはそもそもいい意味な気がします。自己責任論の起源、ちょっと調べてみました

 

「自己責任」は、他人と自分を責める時に使われている?!

東大教授の安富さんが出ている動画に、「自己責任」の起源について考えている部分がありました。


アメリカアーミッシュ村研究に行った東京大学安冨歩教授とひたすら暇フリートーク

★特に47分30〜57分を聞いてください。

要約すると、日本で現在使われている「自己責任」という言葉は、本来使われる用語とは別の使われ方をしているということです。

例えば、「自己責任」という言葉は国会の議事録を調べていると、昭和の最初の頃は1年に1回でてきたらいいぐらいですが、令和2年だと、5、6回もでてきている、と。「自己責任」は昔は概念自体がなく、80年代から使われているとのこと。 

日本の場合だと、他人を責める際に使用しており、むしろ自業自得の方がしっくりくると。「自己責任」はむしろ、権利を放棄する形で使われているじゃないか、と。海外のセルフ・レスポンシビリティ(自己責任)とは、全然違う概念なんじゃないか。切り捨ての言い換えなのではないかとお二人は話されていますね。

 

共同体の崩壊が、自己責任論を加速させた?

そのほかにもヒントになる記事がありました。

日本社会における自己責任論の起源はどこにあるのか。

「その兆しは、江戸時代にうかがえます」

 と指摘するのは、著書に『貧困と自己責任の近世日本史』(人文書院)がある奈良大学文学部教授の木下光生さんだ。

(中略)
ただし、現在と大きく異なる点もある。それは、自己責任が村による「救済」とセットだったことだ。

「貧しくて年貢が納められない農民がいれば、村が肩代わりするなどして救済していました。けがや病気、天候不順などでの失敗(不作)のリスクは、すべての村人に隣り合わせのことであり、“困った時は、お互いさま”という意識も強かった。

(中略)

 戦後になると、村などの地域共同体は次々と消失した。

「それとともに農業を中心とした自営業者は減り続け、サラリーマンを中心とした賃金労働者が大半を占めるようになりました。誰かに雇われる立場にあるということは自立度もリスクも低くなる。同時に、江戸時代のように村などの共同体が個人を救済する横のつながりが希薄になっていき、結果として、トラブルが起きても“自分のことは自分で行い、他人を頼らない”という自己責任ばかりに重きを置く社会になったのです」(木下さん)

起源は江戸時代の「自己責任論」 論者が分析するその姿|NEWSポストセブン

江戸時代から自己責任という言葉自体はありましたが、どうやら現代とは意味合いが違うようですね。

私が住んでいる滋賀も典型的ですが、田舎の地域社会には人がいません。つい前まで東京に3年ほど住んでいましたが、マンションの隣の部屋の方と会話したのは引っ越してから1年以上経過してからでした。そのくらい横のつながりがない。現代社会はこの事例に象徴されるように、共同体が崩壊して都会化しています。

上記の動画では、概念が80年代から出来たと仰っていましたが、この記事から考えれば「自己責任という言葉は昔からあったけど、社会環境が大きく変化する中で、言葉の意味が変わった可能性」があります。

 

「火垂るの墓」の墓をみてどう思う?

もう一つ大きくヒントになる本を見つけました。

最近読んだ「「駅の子」の戦い」という、駅でしか生きていくことのできない戦争孤児をインタビューした著作です。

最近、映画「火垂るの墓」がテレビで放映されると、SNSでは、兄・清太と妹・節子の置かれた境遇に道場する声が上がる一方で、「自らの判断で親戚の家を飛び出したのだから、路上生活で苦しんでもそれは彼らのせいだ」「路上生活して野垂れ死んでも自動自得だ」という意見が目立った。自分たちの「わがまま」によって起こった悲劇であるという、流行の言葉でいえば「自己責任論」を訴える声が大きくなっているのだ。(中略)

<自己責任の賛否をめぐるネット上の応酬の中で脚光を浴びたのが、公開当時に「アニメージュ」誌に掲載された高畑監督のインタビュー記事だ。監督は「心情的に清太をわかりやすいのは時代の方が逆転したせい」と語る。清太の行動は現代的で、戦争時の抑圧的な集団主義の社会から「反時代的な行為」で自らを解き放とうとしたと、観客が共感できると考えていたとうかがえる。一方で、こう続ける。「もし再び時代が逆転したとしたら、果たして私たちは、いま清太にもてるような心情を保ち続けられるでしょうか。全体主義に押し流されないで済むでしょうか。清太になるどころか、(親戚のおばあさんである)未亡人以上に、清太を糾弾することにならないでしょうか、ぼくは恐ろしい気がします」

(P.248 「駅の子」の戦い 戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史)

原作が初めて出たのが1967年のこと、映画だと1988年。

この映画作品は1989年に地上波で放送されて以来、度々放送されています。しかし最近では少しずつ視聴率と放送回数が減ってきているようです。他のジブリ作品の方が視聴率がいい、と。

火垂るの墓が放送禁止の理由を暴露!節子にまつわる噂がヤバい! | VODでドラマ、映画を楽しむ!

まさかとは思いますが、こういった自己責任論の蔓延した社会的空気が視聴率に反映しているんでしょうか?、清太・節子に対して「てめぇのせいだろ」と思いながら見る人が増えたのかもしれません。

 

自粛要請(お願い)は自己責任の一番の事例

この間違った「自己責任」という言葉は誰が使っているのでしょう?

割と簡単に見つかりました。

ところで前述の通り、一般社会に置いて「責任を痛感」していると表明することは、当の問題の解決のためにあらゆる手段を取るという意味を持つ。

議会の議事録を紐解くと、安倍晋三衆院議員はこれまで国会において「責任」という言葉を2462回発言している。

 (中略)

そして、今何の補償もなく「自粛」をしたこの春の思い出もまた、「みんなのために、売上が減っても休業した店舗は、日本の美しさと絆だった」として永遠に記憶される。

現実とはそんなものだ、ということになってしまう前に、声を上げられる人は、声を上げなくてはいけない。我々の日々の生活が、連帯と絆の美しい記憶になってしまう前に。

このままでは、コロナ自粛は「国民が勝手にやったこと」にされてしまう - グノシー

総理の言葉は簡単に言えば「お前らなんかあったら自己責任ね」という意味です。俺が責任とるよなんて一言も言ってません。実際とってないし(笑)

最初は椎名林檎、次はK1、次は飲食店。自粛要請(お願い)だけして、それに応じないところは責め立てられています。

「休業と補償をセットでやる」ことがベストな行為ですが、逆に今の政府は「自粛要請と自己責任をセット」で押し付けているようなものです。「お願いしてるだけ・応じないのはお前らの判断・だからなんかあったらお前らの責任ね」、これが全国の飲食店の状況です。辛すぎません???

もっと空気が悪くなる前に、みんなで声を上げるしかありません。

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【今日の雑談のコーナー】

コロナショックにて、「ディストピアがまさかこういう形でくるとは」と痛感させられてる(※ユートピア=理想郷の逆。)

みんな無意識下では他人に石投げたら苦しいのを知っている気がするんだけどなー。

 

【ブログ主プロフィール】

永野晋太郎 (@yurumeru) | Twitter

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職業:ヒーラー(気功師)、ゆる体操指導、ウーバーイーツ配達員(副業)

特性:後天的共感覚者、陸上やってます