みらブログ

デフレで疲れた方の身体と心を癒すべくヒーリング(内部表現書き換え)を行ってます。身体・無意識開発をメインに活動中。苫米地・高岡理論をなんとか使ってます。

自分をアスペルガーや離人症と、どうやって判断すればいいのか?

過去のクライアントでも「昔、大学時代に離人症と診断された」方や、アスペルガー症候群の方などが来ていた。病院で診断されたらそうか?といわれると微妙なところがある。

医者には権威があり、どうも「言われたら信じてしまう」らしい。

内海聡さんなんかは「誰にでも当てはまるじゃねーか」ということを仰っている。

精神科は今日も、やりたい放題

精神科は今日も、やりたい放題

  • 作者:内海 聡
  • 出版社/メーカー: 三五館
  • 発売日: 2015/04/17
  • メディア: Kindle版
 

つまりコールドリーディングのようなものになっている、と。占い師が使うテクニックと同様。ちなみにうまい占い師とうまい洗脳者には権威がつきものだ(必ずしもそうとはいわない。対話で治している方も大勢いらっしゃる。)

 

そもそも骨折のように確たる診断ができない。

0、1のようなものでもなく「傾向」もある。

こういうものが発達障害という絶対的基準はそもそもない(先天的か後天的か、本当に遺伝するかどうかもわかっていない状態。)

一方で、こうした動きに、精神科医や特別支援学級などの発達障害の方々を支援する専門家からは、「なんでもかんでもADHDであると、過剰診断しているのではないか」と心配する声も上がっています。ADHDの傾向はあるものの昔なら治療を必要としない人にまで、過剰にADHDという診断がついているのではないかという指摘です。

ADHDの人は増えている? 「診断」をひもとく:朝日新聞デジタル

 

僕は、「こういう傾向が発達障害(orアスペルガー等)」という基準が仮にあるけど、その基準に当てはまっているか、自分と医者やセラピストで相談しながら生活を考えていく、くらいがいいと思う。

それでうまくいったら、そういう傾向があるんだなぁーくらいに思って生きていく、くらいのテンション。

 

「異常者」や「精神病」というレッテルを自分や子供に貼ってしまうと、どんどん沼にはまっていくパターンも考えられる。

「病気ではない」という診断にガッカリする、自称・発達障害者の心理(佐藤 優) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

佐藤優さんのこの手の記事もある。

確かにこの手の心理はわかるような気がする。状況や場が変われば「気にしすぎてた」で終わるパターンも探せばいっぱいあるだろう。そもそも日本は異常に劣悪な環境が多い。

その環境下で悩んで

1 自分は◯◯なんじゃないか?→

2 医師にかかって診断して信じ込む

そんなパターンはあると思われる。

 

精神科医の斎藤環さんなんかもこの辺りの危なさを指摘されていた。

僕の場合は、スパッスパと割と整合的にいっている感じ(未診断)

まぁ、うまくいってりゃいいのさ。


しかし友達から見たら普通に見えるだろうしねー。

この辺りの空気の重苦しさがなんとかならんだろうか。