才能の中身研究ブログ

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数学の式を思い浮かべて気を出す

神話の法則(ヒーローズジャーニー)なんかは、少年漫画やSFなどでも使われる無意識サイドに刷り込まれたある種のパターン(フレーム)といえる。何度も書くように無意識を扱う分野に目新しさはなく、変性意識、Rゆらぎあたりを色々な言葉で書いている。

 

すでにたくさんの著作でかかれてあるもの以外もやりようはたくさんある。

・数学の式を思い浮かべて気を出す。
・上記の神話の法則を思い浮かべて気を出す

例えば密教だと宝具でR上げたりするが、自分が使っている大事にしている物が宝具化するといい。室伏広治さんは有る時期、ハンマーが喜ぶことはなんだろう?と考えハンマーを洗って上げたり、桜井章一さんは牌が痛くて持てなくなったしたり、イチロー選手はバッドを「こいつ」と呼んで大切にする。明らかに対象を単なる物として扱っていない。

 

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の続きになるけど、一種の空気感、ぶっ飛んだ感じが出てくるんじゃないか。アファメーションなり、マントラなり、そういう修行めいた感じが出てくると脳がクタクタになってくる。意味を理解したり、何回唱えてご利益をという考えが遠のくくらいに唱える。「唱える」ことは言語でやるわけだが、言語以外でも「唱える」チックな、「磨く磨く」(物理的な行動)でもいいのだと思う。

 

千日回峰行のような身体的にクタクタになるのは、身体が疲労して変性意識に入りやすくなっている事例だが、「わけわからなくなってくる感じ」が欲しい。最初は「なんじゃそりゃ」と思っていても、会社の教訓なりなんなり発言して、視覚的に見て、実践していくと(させられていくと)、身体がそっちの方へ移行していく(認知的整合性を測る)

慣れとは恐ろしいもので、何も感じなくなってくる。これは身体以外にもいえることのように思える。

 

数学にどっぷり使って数式が当たり前の臨場感にいれば、その気の空間からズレただけで相当な違和感が出る。ジャックマイヨールが陸に上がるようなものだ(?)

 

 

普段の自分が→変性意識に入って数式の気を出す→こうなる

 

ではなく

 

通常意識で数学(者)としての気がでている

 

といった形の方がいいのだろう。