みらブログ

ファイアーエムブレム好きのヒーラー(気功師)永野晋太郎のブログ。京都駅・大阪駅周辺に出没。

自分の価値観が裏返る時は変性意識に入りやすいんゾ(はぁと)!

「治ればなんでもいい」精神に立てば、前世療法等で治ってもなんでもいいわけだ。

当然、「病気は治りました。でもカルトに入りました」ではどうしたものか、ということがあるので、価値観を埋め込むのはご法度である。

使えるものはなんでも使え、で、プラセボを使っている医者であれヒーラーであれ、どこにでもいると思う。「プラセボ」や「騙している」というとすごい嫌な感じがするが、嘘も方便であり、患者の心をうまく快方に向わすよう心理的な技術を使っているといえば聞こえはいい。倫理的に許せる範囲で使っているのだと思われる。

だいたい、患者のほとんどはそんなこと気にしていない。なんとしてでも治りたい一心だろう。ホログラム理論の本だったかに「最新薬の研究ができました、すごい薬です→めっちゃ効く→あれが後日間違いだった」と知らせると、死んじゃった例が載っていたが、後でバレたら心身に不調をきたすということもある。わかりにくく嘘をつくのがいいのだろうか?

 

船霊ってのがある。

船霊は祈祷などと文脈に似ているが(もうちょっと調べないといけない)、なんでこんなことするのか?効果があるのか?をカッチリ説明するのは難しい。これ以外にも風水や、その他、霊力的なものを全部オカルト扱いして「んなものはない」と看破するのも一つの決まり切ったパターンに見える。昔はそう見えなかったが、最近はこれも一つのパターンだと気づいた。脳のレベルで全部説明できるんだという人に限って、せいぜい幻覚や幻視という説明以上には論理がなかったりする。確かに記憶の合成・偽の記憶なんて簡単に作れたり、バイアスが強かったり、

karapaia.com

人間は見えないものも平気で見る。サイキックマフィアなどの事例をみると人が簡単にコロッと騙されるのがようわかる。「全部わかるんだ!」という人も、たとえ知識があっても思い込みが強いという点においては一緒のように思う。

 

船に封入したり、風水だと場所単位で気の流れを作ったりということは実際にできるし、割と風水等もオカルトでもなんでもない・・・という説明もできる。それを身体運動にくっつけて呼び込むのが僕の役目の一つとなるが、正直大きな壁があるように感じている。

江戸時代、気という言葉はガンガン使われていた。というより現代でも「元気になる」等の言葉遣いはガンガンに使われている。オナ禁などは医学的になんの根拠もないんだよ、と言っても、実践したら効果が出る人もいる。性エネルギーを溜め込むのは昔からのやり方の一つ(マイクタイソンなどの事例もあるが。)物理的に出すことと情報的に出す(というイメージにより情報が物理を書き換えるかどうか)は別のこと。

明治維新以降の洗脳、体育の習慣とか、医学の発達により、骨の髄までそういうのに嫌悪感があるように仕組まれている。

 

前述の前世なども治る、脳の論理で説明できることも非常に多い。一般人の対策としては非常に有効だと思われる。では脳がない植物はどうやって思考(?)しているのだろう?と広げて、自分で仮説を立てて戦わせてみるのはどうだろう? 

植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム

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自分の価値観が裏返る時は変性意識に入りやすいのは本当だと思う。

自分が何かの反対派でぎゃーぎゃー騒いでいるときなんかは要注意で、「なぜ自分がここまで情動MAXで怒っているのか」など自分であまり知らなかったりする(変性意識に「入れられている」可能性の方が高い)。反対派との自分との中庸、LUBをとることへの恐れもあるのかもしれない。

宮台真司さんだったか、「左翼なのか右翼なのかが問題なのではなくヘタレてないかどうか」みたいなことを言っていた。岸田秀によれば人間は全員誇大妄想で狂っているので、意見や思想等に、中心やバランスのとれた状態なんてないのかもしれない。

 

 

神様のような、自分ではどうしようもないものを想定するのは、方法論の一つとしてはいい場合もある。神頼みとか。自己啓発クレクレくん系を除いての話だが。阿頼耶識にアファメーションで投げ込むイメージ。

割と「自分の力でやるんだゼ!」が邪魔している感じもする。栗田さんや七田式なんかでも無意識に任せろといった命題がよく出てくる。ここに大いなる意志だのなんだのを絡めてイっちゃうくらいの方がいいのかもしれない(ここをスピ系批判にも聞こえず、スピ系擁護にも聞こえて欲しくない!!!

「何回すりこめばいえばいいんですか?」とかいう輩はぶっ飛ばして「イっちゃている」くらいがいい。呪術や魔術や気功などがなぜ歴史的にあれだけやっているかは、頭がおかしいからではなく、頭がおかしくなって(”変性意識に入って臨場感を作って効くから”である。単純にそういうものはないんだ、脳で説明できるんだ、という浅い理解で終わっていると、日本の歴史にある催眠、道教、国家神道などもなんでやってんだという話になってくる。

ま、とはいえGoogleとか検索してて、パッとでてくる風水師や気功師に実力者がいるとは思わないけど。

 

引用引用の連続から情報元をたどるのが逆に難しくなっているイチローだが(本人以外が悪い)、当人が習慣を利用して、無意識を使うのに長けているのは本当だと思う。習慣からずれることを嫌がっている。習慣化の力を知っているものと思う。

イチローは毎日カレーを食べていなかった説があるがw


イチロー×豊田章男×小谷真生子 2018 「ここだけの話」(前編)

 


イチロー×豊田章男×小谷真生子 2018 「ここだけの話」(後編)


ぶっ飛んでいるようにやっているから実力者なのであって、そういう深い変性意識状態に入る方法を知らないと、ほとんど無理だと思う。一般雑誌に読んでいると、ピラティスやコア系、インナーマッスルは有名になったが、実際はアウターマッスルをガシガシ使っているわけだ。名称が少し変わったくらい(そのおかげでRゆらぎしやすくなってはいるが。)

東大の八田先生が疲労物質がリン酸ではないか?ということを唱えていて、これは正しいんじゃないか?と思っているが、「乳酸」が「リン酸」に置き換わるだけで、現場は大して変わらないだろう。

 

僕はスポーツから入ったので、そこから調べたけど、中国武術は気。日本も江戸時代はバンバン気でやっている。下丹田の肥田春充は非常に有名。イチローやマイケルジョーダンはどうなんの?ってのはあるけどネ。

ある大きなものを想定して刷り込むというのは、神頼みというと聞こえが悪いけど、顕在意識(自分)、潜在意識(自分よりでかそうにみえるもの)、という風に考えればわからなくもない。自己への圧倒的信頼がある人は、表面上のことを指しておらず、別の部分を信頼している。

アファメーションなどは大抵、表面をスルーっと上滑りして、少しポカポカ陽気になるくらいで、心は薄暗いだけである。怖いのはこれを「効いた」と勘違いして、毎日刷り込むことだが、自己啓発系クレクレ君はハナっからそんなことを気にしていないので、上の方にじゃぶじゃぶとお金を捧げてしまうことになる。


最後にイっちゃっている例として漫画家をあげたい。SFや漫画家などは妄想の到達をガンガンやっているが(刃牙、JOJOなどは典型的で)別に頭がおかしいわけではない。彼らは仮想空間に生きている。

 

しかしすごいのは徹底的に現実に落としていることだ。

自己啓発クレクレ君と違うのは、

 

実際に描く

ところだと思う。妄想を増幅させるために実際に描く。

例えとして悪いが妄想を増幅させるためにオナニーしているのと似ている。例えば物理的にしごいても、全然興奮しないときはしない。勃起させるためにAVを見たりするのではなく、主従関係が逆である。むしろAVを気持ち良くみるために(頭が気持ち良くなるために)、物理的にしごいている。情報が先で物理が後。

作家に限らず、自分でノリノリになって作曲できる人なんかもこの能力が長けていて、自分の世界が徹底的にどんどん広がるわけだ。